石川県輪島市にある県立門前高校。この地域では「野球でまちおこし」を合言葉に、3年前から市と地元の人たちが全面的に野球部員を応援するというユニークな取り組みを進めてきました。その最中に起きたのが1年前の能登半島地震でした。県外に避難せざるをえなかった部員もいるなか、それぞれが懸命に活動を続け、チームは、エースピッチャーが今年のドラフト会議で育成枠での指名を受けるまでに成長しました。過疎化が進む町と若者たち。支え合いのキャッチボールを取材しました。
■被災地からプロ野球選手に
今年のドラフト会議。指名された123人の中で、最後に名前を呼ばれた高校生がいます。
門前高校野球部 塩士暖選手(3年)
「門前高等学校より入団しました、塩士暖です。プロでの目標は勝つ投手になることです」
来年度からソフトバンクホークスに入団する塩士暖さん。育成枠13位で指名され、被災地からプロ野球選手が生まれました。
1月の地震で最大となる震度7を観測した輪島市門前町。塩士さんが3年間、日々全力で汗を流したのが、この町にある門前高校です。ただ、入学した頃は少子高齢化と過疎化のため、20年以上、定員割れの状態に。存続に向け、市もバックアップして地域と連携。その未来を託したのが“野球”でした。
名門・星稜高校の元監督・山下智茂さん(79)。松井秀喜さんなど多くのプロ野球選手を育てた名将です。門前高校の1期生でもある山下さんをおととし、アドバイザーとして招くと、輪島市外からの入学者が急増。9人だった野球部員も3年で60人になりました。
■町を元気に“地域おこし軍団”
その野球部には、もう1つの顔があります。
門前高校野球部 塩士暖選手(3年)
「“地域おこし軍団”というのは、山下さんが言われていたこと。元気がなくなっている門前を勇気づけようと」
大雪が降れば部員総出で雪かき。地域の行事に積極的に参加し、選手たちが町を元気にする取り組みです。
笑楽路屋 田川則子さん(79)
「なんだかんだよく来てくれるし、助かりますよ本当に」
「(Q.野球部の生徒たちはどんな存在?)野球部はもう私らの星やね」
■地震後も…町とつながる高校生
町に子どもの姿が増え、活気が戻ってきた、その時でした。能登半島地震によって一時孤立状態になった地区もあり、甚大な被害に遭った門前町。それでも町に希望の光を灯したのは野球部の子どもたちでした。県外に避難せざるを得なかった部員もいるなか、残った部員たちは授業が終わると町の体育館へ。避難所で支援物資を運搬するなどボランティア活動を行いました。
門前高校野球部 川原和也選手(当時1年)
「いつもは地域の人たちが僕たちを支えてくれていると思う。今は僕たちが地域の人たちを支える」
支援活動が終わった後はそれぞれでトレーニング。全員集まっての練習が再開したのは、4月に入ってからだったといいます。
夏の甲子園をかけた石川大会。これまで支えてくれた地域の人の応援を受け、塩士さんは力投し、見事ノーヒットノーランを達成。チームは初のベスト8入りを果たしました。試合があると町の皆が応援に行くため、商店街の店はほとんど閉まっていたといいます。
沢田陶器店 澤田由紀子さん(75)
「毎回、次は校歌歌わせてね、もう一回って。勝っても負けても校歌を大きい声で応援団が歌ってくれる。あの子たちのおかげで大声出せます」
総持寺通り協同組合 能村武文代表理事(67)
「(妻は)野球全然知らないんだけど、一緒に応援に行くごとに詳しくなって」
総合衣料販売店のむらや 能村啓子さん(67)
「手をたたきすぎて、指輪の石が飛んでいったんです」
■町の復興に…再び訪れた試練
復旧・復興に向けた工事が進むなか、門前高校で新たな地震の影響が見つかりました。先月から校舎の安全性について調べたところ、基礎部分に損傷が確認され、臨時休校に。車で1時間ほど離れた志賀高校での授業再開が検討されるなど、町から高校生がいなくなることに困惑の声も上がりました。これまで町の人と共にあった門前高校野球部。その“つながり”をおびやかす、再び訪れた試練。
門前高校野球部アドバイザー 山下智茂さん(79)
「いま一番ショックなのがこれやな。門前高校の校舎が当面使えない。これが一番のショックだったね。これでどうなるかと感じながら君たちの練習を見ていると、全然(ショックを)感じなく、本当に好きな野球に取り組んでいる姿に感動しています。君たちはどういう気持ちでこれから戦うのか。本当に君たちの姿を見ていると感動するとともに、甲子園に連れていってやりたいと思う。頑張って皆でこの苦しみを乗り切っていこう」
■門前町から“いま”伝えたい
能登半島地震からまもなく1年。門前高校野球部がいま“伝えたい”思い。
門前高校野球部キャプテン 大豊瑠侍選手(2年)
「どんな環境でもやればできるというところを皆さんに伝えたいです」
門前高校野球部副キャプテン 石崎雅治選手(2年)
「全員で前を向いて頑張っています。この地震があったことは忘れずに応援してください」
門前高校野球部副キャプテン 西弘輔選手(2年)
「被災したすべての方々に勇気や感動を与えられるように、全員で甲子園を目指して頑張るので応援よろしくお願いします」
門前高校野球部 伊藤大和主務(3年)
「もっとここが人でいっぱいになるよう、全国の皆さんが祭りに参加してくれたら本当にありがたいなと思います」
門前高校野球部 塩士暖選手(3年)
「自分たちがいま野球ができたり、当たり前に生活ができるのも、地域の方々が支えて下さっているからということは分かっている。地域の方々との関わりは続いていかなければいけない」
■校舎に亀裂…移転案は
先週、校舎の基礎部分に亀裂が見つかったため、県が門前高校への休校措置と、車で1時間以上離れた志賀町の高校で授業を行う方針が発表されたばかりでした。生徒たちはもちろん、地元の方々も“孫や子ども同然”の高校生たちが町を離れて、つながりが絶たれてしまうのではと不安の声が上がっていました。
ですが、その方針が23日に転換されました。門前町にある公民館なら安全に授業が行えるということが確認されたとして、来年秋ごろの仮校舎建設までの間、この公民館で授業を行うことになりました。場所の制約などはありますが、町の人たちは「子どもたちが町から離れずに済む」と安堵される方が多いといいます。
(Q.所村アナウンサーは星稜高校野球部出身で、門前高校を導く山下智茂さんとも交流があるんですよね?)
所村武蔵アナウンサー
「山下さんは私にとっても恩師のような存在で、震災前に門前高校を案内していただいたこともあります。その山下さんがいつも高校生たちに話していたのが『世のため人のための門前高校野球部』という教えです。地域おこしの取り組みが始まり、来年、塩士さん達3年生が初めての卒業生になります。彼らは大学の土木科に進学したり、市役所や消防士などの進路を選んでいて、地元の復興のためという思いを持って、社会に羽ばたこうとしている姿が印象的でした」
[テレ朝news] https://news.tv-asahi.co.jp